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DNJ 10月号 モノづくりと人材(連載) 第2回

2006年10月25日

一芸に秀で多芸に通じたT型研究者の時代

吉川誠一常務(R&D戦略担当)

 富士通研究所では、企業研究所はもはやサイエンスとエンジニアリングを一体化して技術成果を出して行くだけでは不十分で、研究者自らがビジネスモデルとCSR(社会的責任)を考えて行く時代になったと、研究員に伝えている。
 ここでいうビジネスモデルとは、研究成果を使った製品やサービスが顧客のところでどういう使われ方をするのかを想定した研究開発のアプローチの事をいう。出口を意識した研究開発を最初から心掛けるという姿勢だ。Apple社のiPodは、単に要素技術の積み重ねだけではあれだけのヒット商品にはなり得なかった。最終ユーザーが何を求めていて、どういう形でそれを提供するか、それに合う音楽の提供の方法や、ソフトウェアとの組み合わせ方などを見通した開発成果だった。
 富士通研究所は研究員約1,500人、年間予算約400億円規模の組織で、基本的には富士通の次のビジネスを支えるために必要な研究開発を行うことを目的とする。ポートフォリオとしては、ビジネスグループや事業部から頼まれて行う委託研究と、本社予算の投入を受けて、新分野を含めて次の手当を遂行する研究の2つに別れる。本年度では事業化研究、先行研究を柱とする事業部委託が55%を占めている。
 問題は、主として今までやっていない事業領域の研究で、そこには多くの選択の余地がある。富士通の事業として取り組むべしと判断する場合には事業部を作るという選択肢もある。富士通研究所が発明して技術を確立した手のひら静脈認証はその一例だ。研究所の段階で、先進的ユーザーのスルガ銀行と当時の東京三菱銀行に見ていただき、東京三菱銀行から採用決定をいただいた。その製品化とサポートのために、富士通内に事業部を新設し、機器の製造は富士通フロンテックが担当して事業化を実現した。

量子ドットレーザの実用化

 これとは異なり、東京大学荒川研究室(荒川泰彦教授)と共同開発した量子ドットレーザの実用化は、富士通が先行開発する光通信領域の中でも従来技術を革新する潜在的可能性をもつ。この事業化には様々な選択肢があった。しかし革新的技術を効率的に事業化に結びつけるために、三井物産と合弁で4月に「QDレーザ」社の設立に踏み切った。
 同社は、今出来上がっているGaAsなど化合物半導体ベースの量子ドットのレーザの技術を使って製品を出して行く、とともに、これからも大きく発展が見込まれる量子ドット技術の研究開発も継続するという2つのミッションを持っている。
 研究面では「QDレーザ」、東大荒川研究室、富士通研ナノテクノロジー研究センター(厚木)の産学連携を継続していくことになるが、製品化面ではいかに安価に、安定的に特性の出るレーザを作るか、時間的に劣化しないなど製品寿命の確保、また数量が出るような仕組み作りなどの課題がある。事業化面ではものづくりどこでどう進めるか、販売チャンネルをどう構築するかなどの課題もある。富士通テクノロジーバリューチェーンの観点では、製品に使える良質の量子ドットレーザが出れば、富士通の光モジュールビジネスとして富士通が製品を買い、フォトニックシステムに組込んで売って行くことが想定される。したがって、一旦カーブアウト(分社化)して会社を作った後もその会社を経由して富士通の中に技術成果が戻ってくることを期待している。もちろん「QDレーザ」は富士通だけの会社ではないから、グローバルに積極外販することも意識している。
 富士通が差別化技術をカーブアウトした背景には、対象市場の拡大を狙ったほかに、スピードを重視し、デシジョンメーキングをシンプルに絞り込みたかったことがある。その意味で社長の菅原充(富士通研究所ナノテクノロジーセンター長代理)、副社長の大久保潔(三井物産の投資会社MVC)両氏が機動的経営のポイントになる。07年に製品化を、08年に量産化を目指している。
 研究活動は、技術と事業化の見極めがつくまでは富士通本体、富士通研究所をあげてサポートする構えだ。人材については、現時点で富士通研究所から「QDレーザ」に出ているのは3人と少人数で、まだ将来の人員計画は固まっていない。研究の実態も、2人の研究者以外には主力は厚木のセンターが担っている。
 ものづくりの形態は、「QDレーザ」はファブレスとしてファンドリーを使って生産委託することになるだろう。そのため製造に伴う人と技術はファンドリーベンダとの連携にかかる。それによって必要となる員数、人材も変ってくるだろう。
 基本的には、化合物半導体や量子ドットを研究対象とする中核部隊がみんな「QDレーザ」に移籍することはありえない。量子ドットを基盤技術として、次世代通信、暗号、量子コンピュータなど多様な展望が開けているからだ。他方、カーブアウトする事業とともに異動する優秀な研究者が、事業会社で優秀な研究者であり続ける事ができるか、また事業それ自体の成長性のみきわめと発展可能性を研究員に正しく伝えられるかどうかなど、現時点で未知の部分がある。
 この2〜3年間は研究成果を実用化する動きの中で、リスクファクターが多い。富士通のトップの思いはベンチャーで会社を作ってもセーフティネットという意味で、この2〜3年の見極め期間についてはサポートをする方針だ。QDレーザへのカーブアウトも人事的には出向扱いとしている。  しかし見極め期間が過ぎた段階で、富士通に量子ドットレーザが安く安定的に優先的に供給されるようになれば、「QDレーザ」自体は株式上場を目指して成長し、研究者も独立するというシナリオもある。

異動する人材

 富士通の経営方針の変更に伴って、研究者が外の会社に異動するという事例はこれまでにもある。プラズマディスプレイパネル(PDP)は富士通研究所が発明した技術だが、富士通がPDP事業を日立と作った合弁会社に譲渡した。それに伴い、PDPに関わる数多くの特許を譲渡し、数十人の研究員も合弁会社に移籍した。研究者は自らの研究テーマを追いかけて移動する時代となり、富士通研究所にいれば、どんなテーマの研究でもいい、という選択を研究者はしなくなった。

 個別技術で見ると、富士通のコアビジネスにどう貢献できるかはっきりしないが世の中に出すときっと役立つという技術がいくつかあり、これらに関しては、技術は中にキープし、外には知的財産、あるいは特許を出して行く。例えば光触媒(チタンアパタイト)技術。これも産学連携で東大先端科学技術研究センターと共同で開発してきた。今はパソコンや携帯電話の汚れ防止に使おうという発想だが、エアコンのクリーナー、花粉症対策に有効なマスクへの応用など多様な活用法が可能なようで、特許ライセンス活動を強化している。

求められる研究者像

 研究所の研究開発戦略は、富士通本体のマーケティング戦略、経営方針のもとに作られる製品開発ロードマップに沿うことを機軸とする。その一方で、研究成果の事業化のスピードアップを図る組織的な取組みとして、05年10月に、研究所の中でビジネスインキュベーション研究所を設置した。研究所自体が、研究成果のテストマーケティングをダイレクトに実施するもので、富士通の事業部、営業、SEを通さないで事業化の見極めをするところまで研究所がやってみる組織。現在5つのテーマを切り出して専任部隊数十名で構成する。
 研究者も自分の専門領域だけをやっていればいい時代ではなくなった。研究所、研究者のメンタリティを世の中や会社が求めるスピードに合わせて行く。 研究所が求める人材は一芸に秀でて多芸に通ずる人、自分の専門領域をもつことが必要条件だが、それ以外の領域についても広く理解できる人材、いわゆるT型人材だ。富士通研究所では、例えば、量子ドットなどデバイス研究者ならば、そのデバイスがどういうモジュール、システム、ネットワークシステムに貢献できるか、さらにそのネットワークシステムがWeb2.0時代のコンテンツ流通にどのように貢献できるかという、一連の繋がりをイメージできるか、というところに資質が問われる。

プロフィール:

ヨシカワ・セイイチ
1969年富士通入社。2000年富士通研究所取締役。04年同社常務取締役(R&D戦略担当)兼富士通研究開発中心有限公司(中国)董事長となり現在に至る。
(聞き手:甲斐真一郎)

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