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DNJ 11月号 モノづくりと人材(連載) 第3回

2006年11月14日

エンジニアに問う
夢の高さ、想いの深さ

ケーヒン 市田勝已専務

 エンジニアにとって一番大事なのは夢であり、想いだ。さらに言えば、目標を目指して頑張れるためには誰でも、その夢の高さ、想いの深さが大事になる。高い夢をもつことが自らを動かすモチベーションの源泉だと思う。

 夢ひとつ持たずに会社に入って、「何かいいことがあるだろう」と思っていたとしたら、いいことなど何もない。企業の中で、自分なりの目標を見定めて、それに向かっていくことほど大事なことはないと強調したい。
 私は学生の頃、四輪がなぜコーナーを回れるのかが不思議で、デファレンシャルギヤの仕組みに惹きつけられた。それをきっかけに、自動車に興味を持つようになった。当時、ホンダのF1登場は衝撃的だった。いつかエンジンを作りたいという想いが芽生えた。F1エンジンが自分の夢の高さだとは思わなかったが、学校にも行かず、寒い冬のさなかに戸外で指をかじかませながらエンジンをバラすことに熱中していた。苦労と他人に見えるものも、夢があれば楽しいものだ。

 自分だけではできない夢の実現のために会社探しをした。入社した本田技研では、本田宗一郎さんの「会社のために働くな。自分のために働け」というメッセージに惹かれた。しかし入社してすぐ自分の望んだ仕事ができるわけではなかった。夢があったから、頑張れた。

チームワークの力


 他方、夢は夢として、企業の中でF1レースの優勝必達を目標に掲げられると、様々な制約や条件が絡んでくる。周りの期待は大きくなり、言い訳は効かなくなる。当時、人材、資金、設備いずれも100%制約のない環境が約束されていた。だからといって自分がエンジンを設計したら即、勝てるかといえば、そんなに甘い世界ではない。「市田じゃ勝てないのでは…」と言われた。その中で、自分の夢よりもっと大きいところにはまり込んでいく経験をした。
 当時F1に300人近い技術スタッフがいた。彼らがどうやってモチベーションを保って前向きに開発に集中できるか。彼らと心をひとつにするにはどうしたらいいか。特に、負け込んだときにチームは批判にさらされる。そのとき、どう耐えて乗り越えていくか。チームワークで勝ち取っていく意志がなければ、大きいものは得られないことに気付かされた。

説得する力


 自分で大きい仕事をやろうと思ったら、ひとを説得しなければならない。自分の周りに理解者を増やすことによって、かつて10できたことが20できるようになり、輪が広がれば100できるようにもなる。ひととの関わりの中で説得できることが大きい仕事をやっていく大切な条件だ。
 また、新しい技術で技術世代が変わるとき、人間も変えていく必要があるという経験をした。必要となる素質や専門性が変わるからだ。F1エンジンは、当時3年後の技術ポジションを想定した上で技術開発がスタートしていた。3年後はこうなるという枠組みのなかで仕組みが出来てきて、メカだけでなく燃料制御系が開発の主役になる。ある時期から基本的なエンジンの状況をテレメトリーなど新しい道具を駆使して、刻々とデータを見ながら開発を進める時代に入っていった。そのなかで、エンジンを組めば日本一、というそれまでF1を支えていた人たちが、電子システム設計などの人材に取って代わられる時期が来た。

逃避の産物としてのアイデア


 勝てるのはアイデアがあるからだ。何となく勝ったというレースは皆無だ。差をつけるべくして差をつけ、これで勝てるというものがあるからこそ勝てる。当時ホンダはシステム技術で先行したことがF1での優位性を決定づけた。開発技術に多くの技術者を擁し、二輪キャブレターで世界一、四輪電子制御ユニット(ECU)でトップクラスの技術力を持つケーヒンでも、世界で勝ち残る条件は、若い技術者たちのアイデア力に尽きる。
 ところである脳科学者が「アイデアは、一つものごとを深く、長く、考えて考え抜いたときに、その苦しみから逃れようとして出てくる」と語っていた。私にもそういう経験があった。自ら深くモノと関わり、開発設計するモノへの想いを深くしないとアイデアは出てこない。時代によってエンジニアの直面する壁、課題は変わるだろう。しかしいつの時代にも、迷う深さに耐え抜くために、夢の高さが必要だ。
(聞き手:甲斐真一郎)

プロフィール:

イチダ・カツミ
82年ホンダF1(第2期)プロジェクト発足メンバー。85年よりLPLとなり「Eスペック」エンジンを開発。同エンジンが88年に16戦15勝をあげたエンジンのもととなる。90年から92年までF1総責任者。02年ケーヒン代表取締役専務に就任。

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