研究開発=両極から見えるもの

第7回

単純と複雑

[2007年09月号]

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図 単純と複雑 
図 単純と複雑 

 大学で勉強を始めると、何か難しいことを教えてくれそうなので、嬉しく感じたものである。最初、理系の学生のためのガイダンスを兼ねた、高名な数学者の講義を拝聴したことがある。広い講堂でのお話であったが、難しそうということ以外は理解不能であった。もちろん、その先生が研究されている最先端のことを議論されていたのであるから、分かるほうがおかしいのであるが。それにも拘わらず、自分達学生は満足感を覚え、このような環境におれることを誇りにさえ感じたものだ。

 研究開発に限らず、高度に専門的な業務に携わる人達は皆、当該分野の何か難解なものや複雑なものに関心を示すものである。これは、そのようなことも理解して、業務における専門性を高めたり、自己研鑽によって、最新の情報に接しておく、などの背景によるかもしれない。

 とにかく難しいことが分かるのは、周囲にいる人達の助けになったり、役に立ったりすることも多い。


複雑なもの
 自分達の拘わっている熱流体工学の分野には、有名なナビエストークス方程式という方程式があって、最初は式の形をみただけで何か仰天しそうなものである。数式の形だけでなく、どのようなことを表しているのか少しは分かったような気になるのに人の半生もかかるようなものである。これは複雑怪奇に思えるものの代表格であろう。

 自動車のエンジンルームを見ると、各種の機械や配線が錯綜して大変複雑なものであり、専門家でなければ、何がどうなっているのか知るよしもない。

 研究者や技術者の立場から、このような複雑なものに対する関心は高く、複雑なものは何か高度で難しいという印象があるからであろうか。しかし、昔大学の授業で、複雑なものと難しいものというのは少し違うというお話も伺った。その当時ははっきりとは分からなかったが、働きだしてから次第に分かったような気がしたものだ。

 近年における研究開発は、確かに高度で複雑なものが多く、そのことに着手するためには、大学院教育を必要としている。

単純の利点

 技術者や研究者として生活してきたのであるが、担当の研究開発の仕事に目処がたちはじめたころ、単純なものの良さに気がつき始めた。これは日々の業務が個人的には大層複雑で困難に感じられたことの反動かもしれない。

 高度な工業製品の魅力もあるが、日々よく利用するものには単純なものが多い。自分としては、単純なものとして、はし、うちわ、扇風機、自転車、紙飛行機、などを例としてあげたい。これらは単純ではあるが、永遠になくならないであろう。はしなどは、折れはするが、故障する要素は殆どなく、実に素晴らしいものだ。うちわ、扇風機、自転車も同じで、優れた機能を簡単に実現している。自説工学の最高峰である。実際の工業製品でも基幹製品は構造が単純なものが多い。ベアリングや誘導電動機などだ。

 最初の話に戻って、ナビエストークス方程式は複雑だが、実はニュートンの第二法則なので、背景は単純そのものである。このように、複雑と思われていることも、単純さの組み合わせなのだ。

 どの様な業務においても、構成要素を切り出して、単純な方式、単純なやり方を確立すれば、一見複雑で高度に見える事柄でも、うまくかたがつくように思える。すくなくとも科学や技術の世界では、そのように世の中の仕組みはできているようだ。

森下悦生
モリシタエツオ 1949年三重県生まれ。東京大学工学部航空学科卒、同大学院修士課程修了、ケンブリッジ大学工学部修士課程修了。1974年三菱電機に入社、スクロール圧縮機の研究開発などに携わる。1993年より現職、東京大学大学院航空宇宙工学専攻、教授として教鞭を取る。
●著者連絡先
tmorisi@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

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