昔新聞で、高名な学者のお話として、「論文は楽譜のようなものです。演奏(利用して)して初めて音色が(良し悪し)が分かります」という記事を拝見した。
研究者をやっていながら、論文の意義を分かりかねていたのだが、この説明は非常に分かり易かった。また、恩師のお話のなかで、研究は描きかけの絵のようでもある、というのを伺ったことがある。完成した論文は一幅の絵のようなものであろう。
このような訳で、論文は芸術と同じように、人々の鑑賞に堪えるものだけが、後世に伝わっていくのだ。
論文というほどではないかもしれないが、企業内には研究報告書というものがあって、関係部署には写しが配布される。たまたま工場に勤務する機会があって、企業研究者のレポートが社内他部署でどのように活用されているのかを目の当たりにすることがあった。それは、表紙を見ると直後に利用済というものであった。まだ若かったので、かなりショックであった。
研究者が数年かけたものが、タイトルだけ見られて終わりというのは悲しいことである。しかし、後年大学に勤めるようになってから、学者の研究論文は、本人と査読者、それからもう一人くらいが読むというのを聞いて、これもまた似たようなものだとびっくりした次第である。
論文は確かに楽譜のようなもので、演奏される機会がなければ、全くただの文字列なのだ。工場で見た風景から、研究者というのはよほど関心をひくことをやらないと存在感が無くなってしまうと感じた。
後で重要になった論文でも、当初の扱いは寂しいものだったりする。これは、周囲の無理解によるのではなく、まさに演奏されていないからなのだ。しかし、本当に良いものは時間を経て必ず評価が得られるであろう。
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第8回
論文と設計
[2007年10月号]
図 論文と設計
設計
工学部の学生の悩みは、殆ど理学部と同じように科目を学んで、数学や物理の連続で、何が工学か不明瞭というものだ。
著者の所属する航空宇宙工学科でも長らくその傾向はあった。近年、物にかかわる教育が増えて、大分改善された模様である。
設計は、科学的知識に基づいて、各種製品を開発製造に持ち込むのに行われる一連の作業である。論文の作成とは異なり、工学すべての領域の知識が動員される。しかし、必ずしも最先端の知識ではなく、梁の計算や、電気抵抗の計算といった基礎的なものの方が多い。また、必要なら支援ソフトも利用する。不具合が出れば、専門の研究者も巻き込んで、短期に解決しなければならない。
企業における設計者の評価は、関わった製品の売り上げや、改善度合いなどで評価されるであろう。社内では分かり易い評価となるが、特定の個人やグループの努力によったものだということは、外部の人には分からないし、評価は部署内に留まることが多い。特許の評価などと併せ、技術者評価の客観化が望まれる。
設計・論文相互作用
設計をやる者も関係分野の資料には目を通すので、半分研究者的である。設計の問題が研究テーマになることも多いので、両方のグッドミックスが肝心だ。
研究者の人達にも製品の具体的な構造など知ってもらうと、お互いの力の相乗効果が生まれるのは請け合いだ。
研究者の人達にも製品の具体的な構造など知ってもらうと、お互いの力の相乗効果が生まれるのは請け合いだ。
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