研究フロントライン「航空と流体」

第1回

トランソニック・フラッタ

[2008年06月号]

By 森下悦生
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 日本の航空宇宙産業の規模は小さいが、戦後の中断期を経て、産官学において着実な努力が継続されてきた。最近ではJAXAの「かぐや」からの見事な映像や研究成果が報道され、感激したり感心したりである。また国産旅客機MRJもゴーサインが出て、教育や基礎研究に従事している後方支援部隊である筆者らのような者にも、誇らしい気がするこの頃である。

 この新連載では、航空宇宙産業の基盤となっている各種のホットな研究テーマについて順次紹介していく。

トランソニック
 日本語では遷音速と呼ばれる速度域のことで、音速に対する比であるマッハ数では0.8前後から1.2くらいの領域を指している。旅客機などはマッハ数0.8前後で運航されている。大学の航空宇宙工学のテキストでも、遷音速の項に関して系統的な記述はほとんど見られず、流れの様子が図示されて、定性的な解説が載っているくらいである。これは、現象が非線形で、数値解析や実験に依存する部分が多いためである。

 またこのような速度領域を実現できるのは、国の研究機関や、一部の専業メーカーに限られており、多くの流体力学研究者ですら、体験した者は少ない。

 旅客機はマッハ数0.8で飛行していても、図左のマッハ数分布のように主翼面上の一部は超音速に加速されて、弱い衝撃波が発生する。翼に作用する風圧の中心が低速時と異なり、問題を引き起こしかねない。

フラッタ

遷音速フラッタ

 高名な鷲津久一郎先生の「空力弾性学」によれば、飛行機が速度を上げていくと、減衰力が0となり翼が調和振動する速度があり、これをフラッタ速度VFと呼ぶ、と記述されている。これ以上の速度では、負の減衰になり振幅は増大して、翼は破損してしまう(自励振動)。先生の著書によれば、日常観測できるフラッタは風にはためく旗であり、剛性の低いものではフラッタ速度は低い。

 フラッタの理論で基礎となるのは振動翼理論であるが、数式的にはかなり難解である。しかし重要なのは、振動する翼に作用する空気力と翼の運動の位相がずれることで、本来減衰力になるものが逆に作用する振動数が存在したりするのである。低速飛行における振動翼の古典理論は優美なものであるが、実際の航空機の開発では、計算機や実験で確認することは必須である。しかも前述の遷移音速での飛行ともなれば、CFDと構造計算の連成といった、最先端の技術を扱うことになる。このような分野で活躍されているのがJAXAの有薗仁博士らのグループだ。

 図右は同博士のセミナーで示された概念図で、横軸はマッハ数、縦軸はフラッタ速度である。フラッタ速度が低下している部分があり、これはマッハ数が図左のような遷音速領域にあるためだ。このフラッタ限界のへこみを遷音速ディップと呼んでいる。

 このフラッタ限界を計算機で予測するのだが、支配方程式をより厳密にした計算が行われている。大規模計算による高精度化を目指して研究努力が続けられているのだ。

 風洞を用いた検証も行われており、フラッタ速度付近で模型が破損する場合がある。これを回避する工夫として、翼端にフラッタ振動が生じると飛散してしまうマスバランスをつけて、構造特性を変えてフラッタが自動的に止まる工夫をしているのは興味深い。このようなことは、長年実験に従事した方のみが思いつく素晴らしい方法だ。


森下悦生
モリシタエツオ 1949年三重県生まれ。東京大学工学部航空学科卒、同大学院修士課程修了、ケンブリッジ大学工学部修士課程修了。1974年三菱電機に入社、スクロール圧縮機の研究開発などに携わる。1993年より現職、東京大学大学院航空宇宙工学専攻、教授として教鞭を取る。

●著者連絡先
tmorisi@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp



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