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Stephen Gass氏の正当性がはじめて立証されたのは、2006年6月28日のことであった。この日初めて、Gass氏に同意する人が現れたのである。Gass氏が皮膚検知テーブルソー(丸鋸盤)を発明してから、すでに7年近くが経過していた。Gass氏は、この装置の価値を本当に理解してくれる人はいるのだろうかと疑いはじめていた。この7年間の間に、電動工具業界からの反応は無視から反感へと変わっていた。よそ者として排斥されるだけでなく、業界の悪者になっていたのである。2006年までに、Gass氏は辞めようと思ったことも何回となくあった。 しかし、6月のこの日にすべてが変わった。理解者が現れたのだ。Gass氏の請願に応じて、米国消費者製品安全委員会(CPSC)のエンジニアは、政府に対する勧告をおこなったのである。テーブルソーの安全基準を義務付ける立法プロセスを開始すべきという勧告である。数日後、電動工具業界に激震が走った。安全委員会の委員がこの勧告に同意し、このGass氏の請願に理解を示したのだ。まったくのよそ者が突然競争に参加し、しかも優勢を保っている状況になった。 「中立な政府機関が、この種の鋸は不当なほど危険だと言ってくれた」とGass氏は振り返る。「その結果、私が正しいことがようやく証明されたと感じたのは事実だ」(同氏)。 正確に言えば、この決定によるGass氏の会社への影響はあまりない。同氏は、米SawStop社という小規模な、納屋を本拠とするビジネスを有している。電動工具メーカーは、SawStop社の技術を使用せずに、消費者製品安全委員会の要求を満足する方法を追求することは間違いない。しかし、Gass氏にとっては、先の見えない苦しい戦いを制した、最大の勝利である。多くの発明家は、“Not Invented Here症候群”と呼ばれるような独自性の無いものを考案しており、このため、世間と衝突してきたGass氏は多くの点で、彼らにとってのアイドルになったのだ。さらに、Gass氏の行動は、指を失うという、悲劇的でしかもありがちな出来事に関するものであるため、一連のドラマにヒューマニズム的奥行きを与えている。1999年のある日の午後、Gass氏は納屋に腰をおろし、指を突然切断するという事故を減少させるための方法を発見した。これにより、Gass氏は業界の議論のレベルを引き上げたのである。それと同時に、業界の感情のレベルも引き上げてしまった。業界では長い間、ある種の野蛮な固定概念を受け入れていたのである。Gass氏が、消費者製品安全委員会の決定を、自分の考えが公的に認定されたと受け止めたのも道理である。 「主要な電動工具メーカーの幹部たちのなかには、この決定に大きな不満をもつ人が出てくるだろう」 (Gass氏)。
ささやかな出発 Gass氏が最初にSawStopの概念を考案したとき、電動工具業界との関係が敵対的になるなどとは夢にも思わなかった。現在42歳のGass氏は、1999年当時、納屋の木工所でのんびり仕事をしていた。そのとき“我発見せり!”の瞬間が彼を訪れたのである。Gass氏は、木工細工への情熱を一生持ちつづけてきた特許弁理士として、不注意で触れた場合にも大怪我をしないように、4000rpmで回転している鋸刃を迅速に停止させる方法はないかと考えていた。同氏は弁理士であると同時に、カリフォルニア大学サンディエゴ校で物理学の博士号を取得している。Gass氏はまずこのプロジェクトのための感知方法の検討から始めた。近接センサーがよいか。血液を見張る光学センサーか。それとも、鋸の振動を調べる超音波センサーか。このようなセンサー類の可能性を30分ほど検討した後、Gass氏の考えは別の方法に落ち着いて来た。それは静電容量である。 「結局のところ、信頼性の高い方法にするには、なんらかの接触検知を取り込まなければいけないと思えてきた」とGass氏は振り返る。「人間の体には静電容量がある。この利点を活用すればよい。鋸刃に電圧をかけておけば、からだが触れた時、その信号の一部分を吸収し、鋸刃の電圧が降下する、というように考えた」(同氏)。(Gass氏の方法がどのように動作するのかは、囲み記事「SawStopはどのように指を救うのか」を参照) 1週間もしないうちに、Gass氏はアイデアの詳細を心の中でまとめた。30日後、最初の実動する試作機を完成させた。最初のうちは、鋸刃の側面を指で触って、試作機の試験を行っていた。この試験で、鋸が一瞬のうちに停止することは実証できた。しかし、大怪我を防ぐために十分なほど速いかどうかは判別できなかった。停止するための数マイクロ秒の間に、4000rpmの回転鋸刃が人間の肌にどれほど深く食い込むかが問題だ。その答えを得るためには、実際に鋸の歯に触れる必要がある。 「ホットドッグを使おうという考えが浮かび、やってみるととてもうまく行った。安価だし、どこでも買えるし、動物愛護団体の抗議を受けることもない」(Gass氏)。 開発を進める間、Gass氏は特許弁理士の職も続けていた。当時の予定では、そのまま弁理士に残り、発明した技術の改良と特許取得を夜間に行い、最終的にはテーブルソーのメーカーにこの技術のライセンスを供与して、それなりの使用料を受け取るという考えだった。 「自前で鋸盤の会社を始める考えはなかったので、テーブルソーのメーカーに連絡を取った」とGass氏は振り返る。ところが、驚いたことに、テーブルソーのメーカーは、Gass氏の技術導入にはまるで興味を示さなかったのである。そこで、Gass氏は同僚の2人の弁護士と共同でコンサルタントを雇い、この技術の改良を進めた。コンサルタントのFunction Engineering社(米国カリフォルニア州パロアルト)は新しく3台の試作機を製造し、Gass氏はそれを、業界団体の見本市である“2000 International Woodworking Machinery and Furniture Supply Fair(IWF)”(2000年国際木工機械家具設備展)に出品した。 「私たちの考えでは、一般の人がこの展示品を見て、機械メーカーに同じような機能を入れるように要求し、メーカーが私たちの技術をライセンス導入するようになると思っていた」(Gass氏)。 確かに一般の人はこの展示品を見た。アトランタのコンベンション・センターでGass氏が借りたのは、3m×3m(10フィート×10フィート)の小さなブースで、しかも3階の遠く離れたところにあったにもかかわらず、見学者が群れを成したのである。会場はホットドッグのデモを見る希望者であふれた。ブースを満たし、ブースに入りきらずに通路にあふれ、30分に1回の“ショー”を見ようとした。こんなことは初めて見たと、ひとりの業界紙の編集者はGass氏に告げたほどだった。 「その編集者は、まるで私たちが百ドル札をタダで配っているようだと話していた」(Gass氏)。
戦線が引かれる IWFでの展示の反応に勇気付けられ、2001年に米国消費者製品安全委員会から安全表彰委員長賞を受賞したことに力を得て、Gass氏と法律事務所の2人の同僚は、製品のライセンス供与に事業を特化することを決定する。しかし、数カ月のうちに、電動工具業界はこの技術に興味はないことが判明してくる。IWF展示会での参加者の興奮とは大違いである。 ある会社のCEO(最高経営責任者)は、Gass氏の納屋の本社事務所を訪れ、業界の立場を告げ、Gass氏に衝撃を与えた。「私たちは小さなテーブルを囲んで座り、彼は‘あなた方が理解しなければいけないのは、この業界であなたがたを好きなひとはだれもいないということだ’と言った。‘あなたがたはこの業界で大きな問題を作り出したのだ’とも」(Gass氏)。 法律家として、Gass氏は業界の立場にも理解を示す。SawStopのような新規技術を導入するためには、とんでもない金額の資本を投下して、既存の製造ラインの設備一新が必要になる可能性があるからだ。 「メーカーにとっては簡単なことではない」とGass氏は説明する。「既存メーカーは広範囲の鋸盤の製品ラインアップを持っている。一度精霊を瓶から開放したならば最後、この機能を持たないメーカーには製造物責任の大問題が生じてしまう。‘あなたの会社が販売した鋸盤にはなぜこの機能がなかったんだ’と責められることになる」(同氏)。 製造物責任の専門家の推測によると、SawStopに対する業界の煮え切らない態度にはもうひとつ理由があるという。専門家によると、テーブルソーで発生する恐ろしい怪我に対して、現在の鋸盤メーカーには法律的責任がないという。この状況には“各自の責任で使用すること”という暗黙の了解が適用されるというのである。 「訴訟はおおむね陪審まで行く前に棄却されてしまう。これは、鋭い刃は切る性能を有するという一般的知識を持つ成人が行った行動であるという点で、裁判官は鋸盤のメーカーと同意しているからだ」と、シンシナティ大学法学部の法律学教授で、製造物責任の専門家であるT. O’Reilly氏は言う。 Gass氏は、この“各自の責任で使用すること”という法律的枠組みが、鋸盤のメーカーから、新規の安全技術を採用しようという意欲をそいでいると信じている。「経済的な断絶が生じている。電動工具メーカーは怪我に対して金を払わなくてよい。使用者が医療保険料や作業者の補償金という形で払っているからだ。もし、電動工具業界が負担しなければならないのならば、このような技術は、すでに大昔に鋸盤に導入されていただろう」(Gass氏)。 しかし、電動工具業界はこの件に関して非常に異なった見解を有している。業界の代理人はSawStopの技術的問題点をいろいろ並べたてる。“誤った作動”すなわち“迷惑な緊急停止”が多すぎること、ブレーキが動作したあとのカートリッジ交換のコスト、湿気を帯びた木材のような電導性材料の切断が困難なこと、などなどである。さらに、Gass氏が求めている、鋸盤1台の販売に対して8%の技術使用料は、ばかげた値だと代理人は言う。 このような問題で戦線が確定し、SawStop社と工具業界が敵対関係にあることが確実になった。2003年、米Power Tool Instituteに率いられた業界は、米国政府司法省反トラスト局に共同事業体設立の許可申請を行った。この事業体は米Black & Decker社、Hitachi Koki U.S.A.社、米Robert Bosch Tools社などからなり、鋸刃接触による障害を防止する技術の開発を目的とする。独自の皮膚感知技術の開発の可能性を探る試みである。 一方SawStop社は同じ年に反撃に出る。米国消費者製品安全委員会に接触し、テーブルソーは新規の性能基準を備えるべきとの連邦政府の命令を得ようとした。その安全基準は、Saw Stopのような技術で満足する可能性が大きいものである。 SawStopの技術の反対者(Power Tool Instituteや米Underwriters Laboratories社を含む)は、消費者製品安全委員会に長文の意見書を提出し、SawStopの請願を棄却するように要請した。意見の大部分は技術的弱点を挙げ、SawStop社による技術の独占を警戒していた。
既成概念を変える しかし、3年間にわたる技術的分析と熱を帯びた意見聴取を経て、委員会は6月にGass氏の請願を受諾した。これによって、いくつもの複雑な法的措置が開始された。 電動工具業界の会員会社は、この明らかな敗北に対しても冷静な反応を見せ、影響はほとんどないと予想している。 「法的な見地からは、現時点では業界に対する影響は皆無で、なにも変化はない」と、電動工具業界の製造物責任を担当するDaniel Lanier弁護士は表明する。「この決定は、SawStopの技術が将来、すべての鋸盤に要求されることを意味しているわけではない」(同氏)。 確かに、米国消費者製品安全委員会の代表によると、基準の作成プロセスはいくつもの複雑な手順が必要で、「数年間かかるだろう」と言う。そして、委員会が自ら安全基準を作成することはまれだという。すべての件で、業界が自主基準に同意するというやり方を好むのである。要するに、業界は最善をつくして、SawStopが不要となるような自主基準を作りあげようとするだろうと専門家は言う。 両陣営が基準作成プロセスの進行を待つ間も、大手鋸盤メーカーは新しい安全技術の開発に取り組み続けている。これから出現しそうな新基準を満たす技術の開発が期待されている。設立からすでに3年を経過した共同事業体を通じて、各社は機械的な防護装置、およびスポークスマンによると“SawStopのものにいくらか似た”鋸刃回避システムを作り出したと報じられている。 Gass氏は、この共同事業体を、業界による同氏を目標とした大規模な攻撃のなかの、あらたな戦線であると位置づけている。 今回、米国消費者製品安全委員会がGass氏の請願を支持する決定を下したことは、Gass氏を大いに勇気づけた。この決定により変革の舞台ができたとGass氏は言う。 「この決定によって、既成概念が通用しないという事実が明白になった。この決定の実社会への波及効果として、指を切り取られてしまった人たちの弁護士は、鋸盤に欠陥があったことの証拠としてこの決定を用いるようになるだろう」(Gass氏)。 しかし、この間にも鋸刃による事故は続いている。この種の事故は雇用者側にも保険会社にも金銭的な負担をかける。リトルロック市で戸棚のドアを製造するGerald Wheeler氏には、従業員のひとりがSawStopに救われた経験(囲み記事「指はまだ付いている」を参照)がある。同氏によると、皮膚検知型の鋸盤を買う前にほかの2名の従業員が指をなくし、95,000ドルの出費をしたという。Wheeler氏によれば、購入したSawStopモデルは、値段は高いが、事故にともなう出費を払わずに済むため、結局は節約になるという。 このような成功例をもとに、Gass氏は鋸盤の製造を続けるつもりだと言う。同氏の会社は今年後半に、受注仕様品のお披露目をする計画である。同社によると、将来的には皮膚検知技術を丸鋸、帯鋸、マイターソーにも広げるつもりだという。 Gass氏にとって、6年前の弁理士時代とくらべ、生活面では収入が減っている。同氏と同僚たちは、当時の稼ぎの三分の一程度の給料しかいまは受け取っていない。 しかし、彼らは少しずつでも前進するつもりである。大会社の製品と真正面からぶつかるような鋸盤を製造してゆくつもりだ。最終的には、消費者のより大きな安全への要求の助けを借りて会社が成長して行くこと、またそれと同時に、消費者の要求によって業界が新しい安全基準を採用するようになることを、この会社の創設者は願っている。 「我々がこの事業をやっているのは、単に金のためではない。良いことをやっていると感じるからである」これがGass氏の結論である。
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