Windowsは大規模演算の未来を拓くか?
著者_Charles J. Murray
シニア・テクニカル・エディター
かつては石油会社と防衛シンクタンクの領域だったハイパフォーマンスコンピューティングは、Windows環境でのOutlookやPowerPointの領域にまで広がりつつある。経済力と技術力の融合から生じたこの動きは、乗用車の車体から電子モーター、フライス盤まで各種製品を設計するエンジニアたちに並々ならぬ恩恵をもたらす可能性がある。
「これは一種の革命だ」と話すのは、エンジニアリング・シミュレーションソフトウエア大手の米Ansys社で新技術開発を手がけるプロダクトマネジャーRay Browell氏である。「より大きなコンピュータ処理能力を必要としながら、そのためのITリソースを持たない中小企業は数多く存在する。そうした企業の多くは導入時の障壁が高過ぎるという理由だけでクラスタコンピューティングを敬遠してきた」(Browell氏)。
事実、各地のハイパフォーマンスコンピューティング・センターは、Windowsベースでハイパフォーマンス処理を行う場合においては、中規模のメーカーがこれまでのスーパーコンピューティング利用の顧客層に加わりつつある、と報告している。ドイツのUniversity of Stuttgart(シュトゥットガルト大学)にあるNational High-Performance Computing Center(国立ハイパフォーマンスコンピューティング・センター)では、地元企業と共に電磁流、燃焼力学、および計算流体力学に関する問題すべてについてWindows環境上で取り組んでいる。

こうしたトレンドは大手メーカーにも波及している。あるドイツの自動車メーカーはバーチャル・リアリティの研究を行うためのWindowsベースのシステムを調査中であり、別の自動車メーカーは衝突試験のためにWindowsベースのシステムを検討しているとうわさされている。航空宇宙分野では、米Northrop Grumman社が衛星および宇宙に基づくシミュレーションをWindows上で実行し、英BAE Systems社は現在、戦車、航空母艦、ジェット戦闘機に関するさまざまな解析問題に取り組むためにMicrosoft Windows Compute Clusterの導入を進めている。一般のエンジニアにとって、この新しいトレンドはコストパフォーマンスをもう一段階向上させることを意味する。彼らにとって、非常に複雑な応力および熱解析のソリューションは今や、WindowsベースのPCネットワークと同じくらい身近なものである。そのうえ、こうした高度な構造解析の結果は、容易にWordやPowerPointの文書にして同僚と共有することができる。
「業界はWindows環境に向かって進んでいる」とシュトゥットガルト大学、国立ハイパフォーマンスコンピューティング・センターの視覚化部門(Visualization Department)を率いるUwe Wossner氏は言う。「誰もがプレゼンテーション用のノートPCにWindowsを入れている。また、ITインフラストラクチャを運営する者たちは、同種のオペレーティングシステム環境を求めている。そのため、彼らもWindowsを使いたがっている」(Wossner氏)。
市場の混乱を起こす変化
大変奇妙なことに、こうしたトレンドはWindowsや米Microsoft(マイクロソフト)社とはほとんど関係のない力によって勢いを増してきている、と業界の専門家たちは言う。マイクロプロセッサが高性能コンピュータ内部の長さ約61cm(2フィート)に及ぶ多層のプロセッサボードに取って代わり始めた1990年代初頭以来、高性能コンピュータのコストは急落してきている。当時は、大規模なスーパーコンピュータに2,500万ドルかかることもあった。今日では、米Cray Research社が一部のモデルを100万ドル未満で販売している。さらに、マイクロプロセッサの急速な発展により、スーパーコンピュータがかつて占有していた領域に大型ワークステーションが参入できるようになった。「こうしたマイクロプロセッサの躍進が、揃って進化するオペレーティングシステムおよびアプリケーションソフトウエアとあいまって、マイクロソフトをこの領域に参入できるようお膳立てしてくれたわけだ。」(業界筋)という。
Ansys社によるWindowsベースのマルチフィジックスソフトウエアを利用することで、ある航空宇宙分野の企業は、ジェットエンジンに関する1億もの自由度を持つ問題を解決した
「このことが市場に混乱を起こす変化になるかどうかはまだわからないが、コストパフォーマンスを示す曲線には大きな影響を与えるだろう」と米Gartner社のリサーチディレクタで産業アナリストのMarc Halpern氏は語る。「高性能なコンピュータは科学コミュニティにとっても大きな存在だが、製造業者にとってはもっと大きな存在になり得る」(Halpern氏)。
マイクロソフトはこの可能性を数年前に予見していたが、W i n d o w s Compute Cluster Server 2003(Windows CCS)のリリースまで時機を待っていた。ユーザーによるWindowsマシン群のネットワーク化を可能にするのが、Windows CCSである。マイクロソフト経営陣によると、Windows CCSのリリースで鍵となったのは、最初にWindowsの64ビット版を生み出すことだったという。Windowsの64ビット版が登場したとき、マイクロソフトのエンジニアたちは、MPICHと呼ばれる業界標準の規格上にこのクラスタソフトウエアを構築した。これにより、ネットワーク化されたマシンで並列処理を実現することが可能になる。Linuxコミュニティにおける同様の取り組みへ対抗するために開発したこのWindows製品により、Windowsベースのシステムは1つの計算課題を複数のセグメントに分割し、その課題を複数のデスクトップシステムで計算させることが可能になった。Windowsベースのネットワークの所有者たちは、すぐにこのシステムの優れた点に気付いた。
「有限要素解析は並列実行性が非常に高いので、1つのWindows環境内に存在する複数のプロセッサが他のマシンのリソースを借りることにより、ネットワーク経由での問題への取り組み方を容易に確認できた」とHalpern氏は言う。
実際、解析およびシミュレーションソフトウエアのメーカーは、高まりを見せるWindowsに関するこの取り組みに加わろうとしている。たとえばAnsys社と米Fluent社は、マルチフィジックスシミュレーションのソフトウエアプログラムAnsys 11.0とFluent6.3のリリースについての発表を2006年9月に行った。両ソフトウエアともWindows CCSをサポートする予定だ。同様に米The MathWorks社は、同社のDistributed Computing ToolboxがWindows CCSをサポートすることを6 月に表明していた。一方、仏E S IGroupは、同グループの衝突シミュレーションソフトウエアPam-Crash SolverにWindows CCSの機能を組み込む、と述べている。そのようなアプリケーションソフトウエアは、まだ謎に包まれているWindowsベースのハイパフォーマンスコンピューティングの実体を明らかにする重要な鍵になると見込まれている。
規模の経済
現在、市場で成功しているアプリケーションソフトウエアの存在により、Windows CCSはかなり勢いよくスタートを切るだろう、とマイクロソフトの経営陣は予想している。「このWindows CCSアーキテクチャのすばらしさは、すべての設備にあるWindowsマシンをこの環境に組み込める点にある」とマイクロソフト、ハイテク製品および電子機器担当ディレクタ、Bill Gerould氏は言う。「Windows CCSを動作させるために、プロセッサやデスクトップシステムを新たに購入する必要はない。」
もちろんマイクロソフトの経営陣は、すべての状況でハイパフォーマンスコンピュータを置き換えようと試みているわけではない。計算問題には、単に大きすぎて複雑すぎるあまり、Windowsデスクトップ上では実行できないものが数多くある、と彼らは言う。
「我々のテクノロジで米Cray社のYMPに対抗できるとは考えていない」とGerould氏は述べている。「それでも、こうしたマシンが膨大な量の演算の実行に利用できることはわかるだろう」(Gerould氏)。
しかし、そのテクノロジの重要な要素のほとんどは、ハイパフォーマンスコンピューティングにおいて、比較的解決が簡単な科学分野だけでなく、特に製造業向けでマイクロソフトがいくらかの成功を収めるために機能している、と業界内の人々は言う。
「1つ注意が必要なのは、このソフトウエアの品質がどれほどのものかという点だ」とGartner社のHalpern氏は指摘する。「マイクロソフトのソフトウエアが最高品質という評判を聞かない。したがって問題は、製造業向けにふさわしいかという点でどれほど現実に即したものになるかによる」(Halpern氏)。
しかし結局、マイクロソフトは規模の経済(生産量の増加にともなって利益率が高まること)に頼ることになるだろう。デスクトップでの大きな成功をもたらしたのがこの規模の経済だった。Windows CCSは、ユーザーのハードウエアへの投資を少額またはゼロに抑え、またインフラコストを下げてでも、大規模計算の問題に対応できるため、幅広い関心が生まれそうである。
「ユーザーの関心は実に、コストパフォーマンスの課題にある」とGerould氏は言う。「まさしく、より低い価格でより高いパフォーマンスを得ようとしているのだ」(Gerould氏)。