研究開発=両極から見えるもの

2007年4月
第2回 開発n乗論
図 開発n乗論
開発の指示を受けてから、技術者がだいたい完成したと思えるまで、早くて数年、実際にはほとんどキャリアの終わり頃までかかってしまうことは珍しくない(ロケットの開発等)。
次年度には完成すると計画している経営陣の方からはお叱りを受けるわけであるが、現場の技術者は蝸牛の歩みで遅々として進まず、苦しいことこの上ない。担当者としては自分の能力不足を嘆く羽目になるのであるが、何ゆえに進まないのであろうか。
律速段階
化学反応の分野には律速段階(rate-determining step)というのがあり、その過程がほぼ全体の進行速度を決めてしまうというものだ。
開発分野においてもいくつかの律速段階がある。始末が悪いのは、担当者の設計計算やシミュレーションの進展が思わしくなく、なかなか本題に入らないというものだ。筆者も含め研究者の仕事にはこのようなものが多い。
問題の基礎検討が終わり、関係部門が大方のことを理解しあった上で、いよいよ開発が始まる。ここではハードウエアの開発を想定している。
試作機の設計が完了し、試作部門や外注の業者に製造を依頼する。明日にでも試作品が欲しいのであるが、実際早くても1、2ヶ月、場合によっては半年待ちというのも珍しくはない。この間開発チームはウエイティングサークルでバットを振っているようなものだ。時間や費用のことを考えると実に惜しいものだが、現実にはこのような時間が多い。これは開発における律速段階だ。
試作品が出来て、各種テストの段取りをするのだが、不具合が出て再試作ということも多い。また1ケ月待ちになったりする。再度の試作品もただちに破損したりして、設計上の不具合も明らかになったりする。今度は計算などの見直しに手間取る。こんなことをしているうちに、すぐ数年が経って、着手当時の高揚感が急速に焦燥感に変わってくる。経営側のお叱りは激しさを増し、何もやっていないのではとさえ思われ始める。これは本当に担当者の資質の問題であろうか?
見えないn乗の壁
図のように例えば未解決課題がA、B、Cの3種類あるとする。各課題A、B、Cに対して、それぞれ5通りの対策が考えられるとしよう。解決に至る手法の組み合わせは5×5×5=125通りとなる。経営資源は限られているので、順次検討しても、1つの組み合わせに対して、最速でも1年くらいかかり得る。これは、試作待ち時間―評価―再設計―試作の繰り返しのためだ。従って図のように技術開発を進め、試行錯誤を繰り返すものとすると、最悪の場合完成が125年後(!)になってしまう。
このように考えると、未解決課題が少しでも含まれている開発は、著しく困難であることが分かる。極論すれば、経営的には開発は技術課題の少ない、改良開発的なものについて行うべきということになる。多くの経営陣が他社の開発成功に追従するのは、若い技術者が思う以上に、長い間の経験に根ざしたものがあることが後で分ってくる。これはまた、多くの困難な研究やプロジェクトが国家に委ねられていることの背景でもある。
著者_森下悦生(モリシタエツオ)
1949年三重県生まれ。東京大学工学部航空学科卒、同大学院修士課程修了、ケンブリッジ大学工学部修士課程修了。1974年三菱電機に入社、スクロール圧縮機の研究開発などに携わる。1993年より現職、東京大学大学院航空宇宙工学専攻、教授として教鞭を取る。
●著者連絡先
tmorisi@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
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