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半導体・フラットパネルディスプレイ産業に従事する経営層が集まるIndustry Strategy Symposium Japan 2005において、サムスン電子は90年代に急成長を遂げた秘密を明らかにした。1980年代中頃からDRAMビジネスを始めたサムスンは、当初は日本の半導体メーカーを手本にした。中でも東芝に追従したという。
この背景にはサムスンの李会長は早稲田大学で学び、日本に対して強いアレルギーを持っていないことがある。韓国のある業界人によると、金星(現在のLG)や現代電子産業は80年代後半は反日的で日本製の半導体製造装置を購入することを嫌った。一方のサムスンは良いものならどこの製品であろうと採り入れた。このためライバル企業から売国奴的だと言われたことがあるらしい。
しかし、90年に入るとサムスンは安くて小さなチップを追求することを決めた。これは、時代の流れがメインフレーム・コンピュータからパソコンへと変化していくことを見越しての判断だった。小さくて安いチップは日本では設計、生産していない。アルファ線によるソフトエラー対策などで日本製チップは大きいため価格競争できなかった。そこで、設立当初からメインフレームには見向きもせず、ひたすらパソコン向けのDRAMだけを追求していた米Micron Technology社から技術を導入した。
サムスン自身も、プロセス、設計のみならず材料までもを分析、低コスト化を徹底させた。低コスト化するための問題を分析すると、ハイエンド品種だと20%高い価格を設定できるが、例えば10%チップを小さくすると20%以上安くなることを見いだした。そこで、安くすることに集中したという。
サムスンが安価なDRAMを出荷し始めた当時、日本の企業やメディアが韓国は人件費が安いからDRAMを安く作れのだるといって、まじめに対策に取り組まなかったのとは対照的だ。分析には必ずSWOT(Strength, Weakness, Opportunity, Threat)分析から始め、戦略を立ててきた。今でも、サムスンが中国へ進出する場合の戦略を練るのにもこのSWOT分析を使っている。
(津田 建二)
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